飽きるを科学する – Creative Alternation Action Method

一日中同じ作業をしていると、結構飽きちゃうと思うんですが、それとどう戦うか、ということが最近の私の課題です。

一日中、なんていうのは少しカッコつけて大げさな表現を使ってしまいましたが、大体翻訳は集中して取り組めるのは一日3時間くらいで、英単語のワード数にして、1200ワードくらいが限界です。これ以上になると、もうなんというか、もうええわー、やりたくねー、という気持ちになります。別に疲れているわけじゃないんですね、他のことはできるので。頭をつかうような活動でも、性質が異なる活動ならできるんです。不思議ですね。

それでこれを何とか打開しないと、全然翻訳が進まないので、本気で解決策を探してみました。

飽きは心理学的にも存在が定義されていて、飽きないのは無理!ということらしい

心的飽和と馴化

学術的な精度に関しては保証できませんが、私がインターネットで10分調べたところによると、報酬系、つまり行動してそれに対するフィードバックのループ(よく出来て嬉しいからまたやろうとか、怒られたからやーらないったような) において、繰り返される快適な刺激はやがて大したものとは感じられなくなるようです。

つまり、そもそも人間は飽きるようにできているんだということです。そしてこれは、生物の生存競争にとって優位な点があるため、組み込まれているようです。つまり、同じことをやり続けているよりも、どんどん次のことに取り組んでいく人のほうが、生物として生き残りやすい、ということです。

確かに人類は他の生物とは違って、かなりいろんなことができるようになった種類ですよね。住む場所も、寒いところから熱帯から、砂漠から都市まで、非常に幅広く、これは他の生物とは比べ物にならない多様さです。食べるものもそうですね。こんなになんでも食べるのは人間だけです。それから、考えていることも多様だと思います。ほとんど意見が他の人と合うことなんてありませんし、好きなものも、好きな場所も、みんな違います。

その多様性はもしかすると、この飽きる性質と関連があるのかもしれません。つまり、どんどん新しいこと、自分がやったことがないことをやる性質が人間にあるからこそ、みんなが同じにならないのではないでしょうか。もし、みんなが飽きずに同じことをしていたら、まだアフリカに人類はとどまって、木の実を食べていたかもしれません。(考古学的には、アフリカの環境が変わったから仕方なく移動しなくてはいけなくなったというのが主流ですが。)

記憶との関連

飽きの一つの原因として、完全に内容がわかってしまって、それで飽きるというのがあるのかなと思います。つまり、記憶と照らしあわせて、今取り組んでいる内容が、予想できる場合に飽きてしまうのではないかという仮説です。例えば、何かを翻訳しているときのことを考えると、最初はどんなことが書いてあるのかなと興味をもって取り組めるのですが、10分くらい読んだら内容はわかりますよね。そうするとその後の50分は、まったくもってわかっている内容に、しつこくしつこく取り組まなくてはいけないので、飽きてしまうんではないでしょうか!

だから、コツとしては、へー面白いなと思っているうちに、一気に翻訳することだと思います。読んで内容だけ理解してしまうと、あとから日本語にするのが非常に面倒です。なので、ざっくりしていてもいいので、どんどん日本語にする、というのをまずやってしまうのがいいのかもしれません。その後に、正確な表現を見つける、というのを後追いで行う。これ、試してみます。

同じことをしていたら飽きるので、変えればいい

学習、創作、翻訳のバランスの時間配分

勉強するのと、何かを書くのと、あと人が作ったものを加工する作業は、別々の精神力を使っているように感じています。だから、この3つをローテンションして行えば、飽きないのではないか、という仮説です。

例えば僕だったら、英単語を覚えるとか、本を読むとか、こういった非常に受動的な作業がまずひとつ。2つめは、自分の本を書くとか、プログラミングして何かを作るとか、能動的な作業があります。そして、翻訳するとか、他の人が書いてくれた文章を編集するとか、こういった受動と能動の間くらいの作業が3つめです。

これらをバランスよく、具体的には同じ領域の作業が、連続しないように、他の領域の作業を挟み込んでいくことが有効かもしれません。

創作は実は、能動的作業と受動的作業をバランスよくおこなっている

何かを作るような作業は、実は能動的作業と受動的作業がバランスよく含まれるので、どちらか一方だけしか含まれない作業よりも、かなり長い間できます。

例えば、本を書くには、実はかなり調べないといけないことが多く、また、人が書いたことを引用してそこに注釈をつけたり、もちろん一から自分だけで考えなくてはいけないことが沢山あります。つまり、勉強したり編集したり作ったり、という別々の領域の作業を、切り替えながら行っています。だから、飽きにくい、ということがあるのかもしれません。

場所を変えてみる

実は同じ場所にいるのが飽きてしまうのではないか、という気もしています。なので、2時間位で、別の場所に移動してみるのはどうでしょうか。

例えば喫茶店を変えてみるとか、自分の家の中でも、机の上に飽きたら、ちょうどいい高さの押し入れとか、冷蔵庫の上とか。スティーブン・キングかヘミングウェイか、もしかしたらもっと他の人だったかもしれませんが、とにかく有名な小説家は、実際に冷蔵庫の上で立って書いていたそうです。

場所を変えるのは効果が実感できます。今まで作業したことがない場所なら、少なくとも2時間くらいは集中できそうです。

何かを作るには、結局のところ、時間をかけるしかない

本屋さんには様々な創造性を引き出すアイデアに関する書籍がありますよね。かなり売れているみたいです。いいアイデアを思いつく方法とか、アイデアを整理する方法とか、効率的に仕事をこなす方法とか。いわゆるビジネス書のようなものです。

しかし、とても大事なことですが、そして多くの人はあたりまえだというかもしれませんが、結局なにかを作るには、とにかく時間をかけるしかありません。いくらいいアイデアを思いついても、それを整理しても、効率的に仕事をする方法を知っていても、実際の作業にとりかからないことには、何も出来上がりません。

それから、他にその作業をやってくれるひとは、自分以外にはいません。自分がやらなければ、全く、一歩も、進まないという事実と向かい合わなくてはいけないと思います。

だからこそ、同じ作業をずーとしなくてはいけないからこそ、飽きずに継続する方法を考えるというのがとても大切になってくるな、と最近思っています。

まとめ

  1. 完全に理解してしまう前に、作業を終わらせる
  2. 能動的作業と受動的作業をローテーションで行う
  3. 場所を変える

 

 


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